お知らせ

患者さんと接していて思うこと。

毎日多くの患者さんと接していると、

様々な人生の機微に触れる瞬間がある。

この仕事の醍醐味でもあるが、

それは時に自分の無力さを突きつけ、

僕の心を深く抉る。

彼がウチに初めて来たのは半年程前だった。

物静かで20代前半にしてはどこか大人びた

印象の彼は、いつも小綺麗な身なりをし、

知的だがどこか影のある雰囲気を身に纏って

いた。

口の中はボロボロだった。

僕は彼と話をすることから始めた。

彼がこの状況を理解し、自ら改善しようと

立ち上がってくれるにはどうすればいいか。

彼のモチベーションを維持するには

どうすればいいか。

彼は一念発起して治療に取り組み始めた。

食生活を見直し、綺麗に歯を磨くようになった。

その間彼の様々な事情を知った。

何故こんな状態になってしまったのか。

仕事のこと、家族のこと、彼の夢のこと。

ボロボロだった彼の前歯が治療で綺麗に

なった時、彼の心からの笑顔を初めて見た

ような気がした。

彼は大丈夫だ。

時間はかかるがおれがなんとかする。

そう思った。

そして彼は来なくなった。

彼の急な状況の変化で、なかなか通院が難し

くなったことは知らされていたが、

それでも頑張っていただけに残念だった。

どうしているか。

せめて衛生状態だけでも維持していて

くれればいいが。

そして3カ月が経ち、彼は再び来院した。

口の中の状況は、むしろ後退していた。

「この3カ月、大変だったかい?」

「ええ、まぁ…。」

「ハミガキはどうだい?
あまりちゃんとしてないように見えるけど。」

「最近はあんまり…。」

僕は彼の事情を知っている。

来院が途絶えたのも、ハミガキがおろそかに

なったのも、ここまで後退してしまったのも、

理由は想像がついた。

彼は自分の身体に関心を向ける余裕が

無かったのだろう。

肉体的にも、精神的にも。

結果的に何の役にも立たなかった自分が

歯痒かった。

「なぁ〇〇君。おれは君の事情を知っている。大変だったろうと思う。
想像はつくけど、君の気持ちや苦しみを心から理解することは出来ないかもしれない。
でもこれだけは言えるぞ。
今の君の状況が停滞していたとしても、これが一生続くわけじゃ絶対にないよ。
人生必ず浮き沈みがある。
必ず上昇する転機がくる。
その時のために、腐らず、チャンスを掴む準備だけはしておけ。
それは自分の身体を大事にすることだよ。」

彼は黙って頷き、通院を再開した。

きっと彼は辛いんだろうと思う。

本当は歯医者なんか通ってる余裕はないの

かもしれない。

でも彼は自分の意思で戻ってきた。

僕は彼の人生の中で、口の中という狭い範囲

でしか手助けすることが出来ない。

彼の苦しみや悲しみの根本を解決する力は

僕にはない。

だがせめて、歯科医師として

自分のできる全てを捧げたい。

彼がいつかこの苦境から脱し、

自分の夢を叶えた時、心からの笑顔で笑える

ように。

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